カリスマ道場物語【前編】
一、
「お邪魔します。」
そこは異様な空気だった。決して悪い空気ではなかったのだが、今まで味わったことのない歪な空気を漂わせた家だった。
『カリスマ道場』
のちにそう名付けられた家の中で、全く知らない旅人たちとの深くて濃い共同生活が始まった。
二、
カリスマ道場に入った時にはすでに四人のカリスマがいた。カリスマと言っても自分たちで名乗っているのだから、本当にカリスマかどうかは誰もわからない。もちろんカリスマ道場と名付けたのも結局は自分たちなので、世間一般から見たらただの家である。
だが、普通の家とは決定的に違う部分がある。
大家さんのことを、旅人の中でたった一人しか知らないこと。家なのに家賃、光熱費などは一切払っていないこと。急に人が増えたり減ったりすること。全員が別々の旅をしていて偶然集まった旅人であること。
しかしこれは全くの実話であり、これから先書かれていることもほとんどノンフィクションだと思って読み進んでもらいたい。
三、
「初めまして。」
家の扉を開け、玄関からさらに奥に入ったところに部屋があり、そこには三人の見知らぬ顔があった。
まず初めに目を合わせたのはウクレレを弾きながら歌っている女性。おそらく年上だろうその風貌でお姉さんっぽい感じ。あんまり人付き合いの得意ではない僕に対して、優しい目つきと声色で挨拶をしてくれた。
次に家を反時計回りに見渡したときに目があったのは、イケメン外国人。左所に思い浮かんだのがそれ。誰がどう見ても爽やかイケメンという感じのハーフ顔に流暢な日本語。ブラジルと日本の血が入っていて、既婚者でもある。奥さんは現在カナダにワーキングホリデーに行っているらしい。
そして三人目が身長高め、目つき怖め、声のトーン低め。第一印象は苦手なタイプかもと直感が脳裏に囁いていた。ヒッチハイク旅をしているらしいけど、多分気は合わないだろうなぁと心の中の僕が言っている。
見知らぬ三人が十五畳ぐらいある部屋のあちこちにそれぞれ自由気ままにウクレレを弾いたり、寝転んだりしているので、どこに座ろうかなと迷っていると、もう一つ奥にある部屋から、
「久しぶり~。適当にくつろいでってっ。」
聞き覚えのある声と顔でゆっくり向かってきた。
星さん。三十後半ぐらいらしいが、見た目は赤ちゃんがそのまま老けたみたいな雰囲気の男。
この星さんが大家さんを知る唯一の存在で、この家と旅人たちの仲介役を担っている。
人見知りな僕が、この四人と一緒の共同生活をするのかぁ、と不安が募りつつ、馴染めるように頑張ろうと息込んだ。
四、
早速、変化があったのは、その日の夕方だった。
そこにいた人たちは、みんな夜になると路上に行って、ウクレレを弾いたり、ミサンガを編んだりして投げ銭をもらって生活していた。これからもみんな行くらしい。
当然、僕は路上なんかやったことなく、これからもすることはないと思うけれど、みんなと一刻も早く打ち解けるべく、路上に一緒に行くことにした、という気持ちが半分。みんなが行くから流されたのがもう半分。
沖縄県那覇市にある国際通りは長い商店街が続いており、入り口付近は昼間に営業していて観光客がお土産を買うようなお店が並んでいて少し奥に入ると居酒屋が並んでいる。
商店街の入り口付近は夜、シャッター街になり、お酒を飲む人たちの通り道にもなるので、路上で投げ銭を稼ぐには絶好の場所なのだ。
そこでそれぞれ自分の居場所を決めて、地べたに座り、路上投げ銭をそれぞれ始める。
人によっては一日二時間ほどで二、三万円稼げるときもあるが、逆にほとんどゼロの時もある。路上の厳しさでもあり、楽しさである。
初めに、ウクレレで弾き語りをしているところにいると次から次へと人が集まってきた。美しく透き通った声に惹きつけられるのだろう。何曲か聞いた後、ミサンガを編んでいる人のところ、ケツバットをしてもらい投げ銭してもらう人をぐるっと見てきてからまた、弾き語りに戻ってきた。
三十分ほどしたらそろそろ疲れてきた。みんなの様子を見てみると、みんなはまだまだ帰る感じではない。
みんなには申し訳ないけれど、賑やかなところが苦手な僕は、疲れた、と小さな声に出して、一人国際通りを後にした。
五、
翌日も同じような日が続いた。
あの後、他の旅人たちは、十二時を回ってから帰ってきて、その時僕は寝ていたが、帰ってきた物音で起きた。路上であった出来事を楽しそうに話しながら帰ってきた。本当は眠気も覚めて会話にまざりたかったけれど、すでに盛り上がっている話の中に途中参加する勇気もなく、すぐに寝たふりをした。
みんなはそれからもうちょい遅くまで起きていたと思うので、当然起きるのは昼頃。
僕は、先に寝ているので少し早めに起きているから必然的に一人だけ生活リズムが合わず、お互いに気を遣うようになった。
「今日もまた路上するけど、来る?」
ウクレレを弾く彼女が優しく聞いてくれた。
「多分、行きます……」
曖昧な返事を返した。
さっきの質問は、親切に聞いてくれているのだろうけれど、本当は、「そんなに好きじゃなかったら無理に来なくていいよ」と言われているような感じがした。
それでも早く打ち解けたい、という一心で今日も一緒についていくことにし、頑張って最後まで残ろうと決心した。
夕方ごろになるとみんな各々の準備をしだしたので、僕も行く準備をした。今日は最後まで残って一緒に帰れるかなぁ。
良くも悪くも今日は、金曜日だったので夜遅くまで飲んでいる人が多く、人気がなくならないので、その分路上も長く続いた。数時間経っておそらく今僕は、死んだ魚の目のような顔をしているに違いない。
結局、みんなが終わったのは一時半ごろだった。そこから、片付けをして集まって商店街でダラダラ喋りながら、夜中一時半の閑散とした国際通りを横一列に広がってみんなで家に帰った。
家に着くと、集中の糸が切れ、体内で上手に隠れていた疲れが急に現れ始め他ので、即座に自分の寝床に寝転ぶ。
寝転んだとしても、同じ部屋でみんなで寝るので、生活音、会話全てが耳に入ってくる。
目を閉じても、なぜか気を遣う自分が瞼の裏にいて、どうしようもなくなる。
疲れた。一人になりたい。
人との出会いを大切にしてきた旅なのに、何故か一人になりたくなった。
